積石木槨墳(読み)つみいしもっかくふん

世界大百科事典(旧版)内の積石木槨墳の言及

【慶州】より

…円形・瓢形の封土をもつ積石木槨・竪穴式石室・横穴式石室墳などである。積石木槨墳は,木棺を安置した木槨の周囲を人頭大の河原石で覆い,さらに盛土した新羅独特の墓制である。これまで金冠塚金鈴塚飾履塚,瑞鳳塚,壺杅(こう)塚天馬塚,皇南大塚など王陵級の古墳が発掘されている。…

【積石塚】より

…《三国史記》百済本紀に,百済の建国者温祚王は,高句麗の始祖朱蒙の第3子であるという伝承があり,これを考慮すると,百済初期の積石塚は,高句麗墓制の影響下で出現したといえよう。新羅の古墳は積石木槨墳とも呼ばれるように,独特の構造をもっているが,封土の下に木槨を覆って積石がみられる。この積石は,高句麗もしくは,さらに北方草原地帯のクルガンの中の積石塚に系譜を求められるかもしれない。…

※「積石木槨墳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む