世界大百科事典(旧版)内の筑紫の女王の言及
【柳原白蓮】より
…北小路資武と離婚して九州の炭鉱王伊藤伝右衛門に再嫁。豪華奢侈(しやし)な暮しぶりで〈筑紫の女王〉と称されたが,1921年社会運動家宮崎竜介との恋愛,結婚で世上をにぎわした。短歌は佐佐木信綱に師事,情熱的歌人と評され35年より歌誌《ことたま》主宰。…
※「筑紫の女王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…北小路資武と離婚して九州の炭鉱王伊藤伝右衛門に再嫁。豪華奢侈(しやし)な暮しぶりで〈筑紫の女王〉と称されたが,1921年社会運動家宮崎竜介との恋愛,結婚で世上をにぎわした。短歌は佐佐木信綱に師事,情熱的歌人と評され35年より歌誌《ことたま》主宰。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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