箕作勧進(読み)みつくりかんじん

世界大百科事典(旧版)内の箕作勧進の言及

【山窩】より

…移動には冬は南の暖かいところ,夏は北の涼しいところに居をかまえたといい,川漁にたずさわる集団も多かったようである。なかには九州のミツクリカンジン(箕作勧進)のように,戸籍を持たぬ者が多く,集団から脱落して平地におりた者がはじめて戸籍を持った例もある。集団ごとに統一的組織があって,頭目とか親分のようなリーダーが統率し,掟も強固であったようで,それが平地の人間に奇異な印象を与えた。…

※「箕作勧進」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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