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箕準 きじゅん

世界大百科事典内の箕準の言及

【衛氏朝鮮】より

…朝鮮半島北西部は古来から中国との交流がおこなわれ,政治,経済,文化の諸般に深い影響を受けていたようである。《史記》によると前195年(漢の高祖12),燕王盧綰(ろわん)が漢に背反したとき,その部将の衛満は部下1000余人をひきいて浿水(ばいすい)(位置に諸説あり)を渡り北朝鮮の地におもむき,箕子(きし)朝鮮国最後の国王,箕準(淮とも記す)に信頼され官職を授けられ封地も賜ったという。やがて勢力をたくわえた衛満は燕や斉の亡民を糾合して準を脅かし,漢の恵帝のころ準を追放してみずから王となり前王の故都王険城(現,平壌付近)を首都とした。…

【箕子朝鮮】より

…高麗や李朝,ことに後者の場合儒教が国教的立場にあったので箕子追慕の思想がつよくみられるにいたった。箕子朝鮮王朝の最後の王は箕準とよばれている。箕準は朝鮮侯を自称していたが,前2世紀初めころ衛氏朝鮮の開祖,燕人衛満によって追放されたことになっている。…

※「箕準」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報