米川用水(読み)よねがわようすい

世界大百科事典(旧版)内の米川用水の言及

【弓ヶ浜】より

…日野川の排出する土砂が沿岸流によって運ばれ,粟島などの岩島を核として砂嘴状に堆積し,やがて島根半島に接して中海と美保湾を分離する砂州に成長したもので,縄文時代に中海側の内浜が形成され,以後美保湾側に砂が堆積して砂州の幅を広げた。水の便が悪いため古代・中世には人煙まれな土地であったが,1701年(元禄14)から米村所平らによって日野川の分水灌漑工事がすすめられ,米川(よねがわ)用水として59年(宝暦9)境水道まで通水が完成した。このため弓ヶ浜の農業は飛躍的に発展し,新田集落も形成された。…

※「米川用水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む