累塚(読み)かさねづか

世界大百科事典(旧版)内の累塚の言及

【祐天寺】より

…祐天は将軍徳川綱吉・家宣,また綱吉の母桂昌院をはじめ大奥の帰依あつく,庶民の信仰も集めた高僧であった。祐天の書き与えた名号の利益や庶民教化は《祐天大僧正利益記》などに詳しいが,とくに歌舞伎で有名になった累(かさね)一族の怨霊救済の話はよく知られ(《累》),当寺境内にある累塚には参詣者がたえない。例年3月1日に祐天の木像を江戸城中に運び,節供後下城の際,小袖を拝領する風があった(《遊歴雑記》)。…

※「累塚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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