世界大百科事典(旧版)内の綿津見三神の言及
【志賀島】より
…【土井 仙吉】
[歴史]
古代の志賀島は《古事記》《日本書紀》《万葉集》《風土記》にみられる〈志賀白水郎(しかのあま)〉拠点であり,また博多湾口を扼す位置にあって,海上交通などで重要な位置を占めていた。志賀海神社の祭神は阿曇系の海人の祭るいわゆる綿津見三神(底津綿津見神・中津綿津見神・表(うわ)津綿津見神)である。1784年(天明4)に島で発見された金印は後漢の光武帝が57年(建武中元2)に奴国の使者にさずけたものとされている。…
※「綿津見三神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」