縹緲体(読み)ひょうびょうたい

世界大百科事典(旧版)内の縹緲体の言及

【明治・大正時代美術】より

…彼らは西洋画の造形方法である写実表現と正面から対決し,伝統的な線描を用いずに色彩のみによって濃淡の調子を整え,空気や光線を表現する新しい描法を生み出した。ただし,この新たな没線(もつせん)描法は揶揄をこめて朦朧(もうろう)体,縹緲(ひようびよう)体と呼ばれた。しかし日本美術院の新美術運動は京都の日本画家に大きな刺激を与え,菊池芳文(1862‐1918),竹内栖鳳,山元春挙(1871‐1933)らも西洋画の写生をとり入れ,日本美術院に呼応して新機運の打開に努めることとなる。…

※「縹緲体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む