羈縻州(読み)きびしゅう

世界大百科事典(旧版)内の羈縻州の言及

【羈縻政策】より

…要するにあめと鞭を使い分けながら国力の消耗を極力おさえ,ただ中国から離反しないようつかず離れずの関係を維持しながら国家の威信を発揚していく伝統的な対外政策である。この政策が象徴的に現れているのは唐朝のそれであり,たとえば漢北を統御するにあたり薛延陀(せつえんだ)を滅ぼしたあと燕然都護府を置き,その下に六都督府,七州を配して,直接支配を避け各民族の自治を大幅に認めている(羈縻州)。この方策は国家隆盛のときには効果的であるが,いったん国力が弱まれば異民族の離反を招きやすいものであった。…

※「羈縻州」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

ドンド焼き,サイト焼き,ホッケンギョウなどともいう。正月に行われる火祭の行事で,道祖神の祭りとしている土地が多い。一般に小正月を中心に 14日夜ないし 15日朝に行われている。日本では正月は盆と同様魂...

左義長の用語解説を読む