義農作兵衛(読み)ぎのうさくべえ

世界大百科事典(旧版)内の義農作兵衛の言及

【松前[町]】より

…1732年(享保17)の大飢饉の際,筒井の百姓作兵衛は翌年播種する麦を残すため蓄えの麦種を枕に餓死し,義農とたたえられた。76年(安永5)松山藩主松平定静は義農作兵衛の墓碑を建て,1881年には義農神社としてまつられた。明治から昭和初年にかけては,陶磁器や海産加工品の行商が盛んで,販路は遠く中国大陸方面などにも及んだ。…

※「義農作兵衛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む