肥後法眼定慶(読み)ひごほうげんじょうけい

世界大百科事典(旧版)内の肥後法眼定慶の言及

【定慶】より

…鎌倉時代の慶派の仏師。この名の仏師は鎌倉時代に大仏師法師定慶,肥後法眼(ほうげん)定慶,越前法橋(ほつきよう)定慶の3人がいたと考えられる。(1)大仏師法師定慶 康慶の弟子ともいい1196年(建久7)興福寺東金堂維摩居士像,1202年(建仁2)同寺梵天,帝釈天を造っており,同時代の金剛力士像も建久年間(1190‐99)の彼の作とする記録もあり,興福寺や春日社を中心に製作したことがわかる。…

※「肥後法眼定慶」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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