《能之留帳》(読み)のうのとめちょう

世界大百科事典(旧版)内の《能之留帳》の言及

【下間少進】より

…以来,本願寺坊官として時の権力者との外交折衝にあたるかたわら,玄人能役者顔負けの活躍が始まる。その演能手控えである《能之留帳(のうのとめちよう)》によれば,1588年から死の前年である1615年(元和1)までの約30年間に,みずから1200番近い能を演じ,立場が微妙であった関ヶ原の戦後の一時期を除き,豊臣秀吉・秀次,徳川家康らの寵遇をほしいままにした。1596年(慶長1)には能の型付《童舞(とうぶ)抄》,能の作り物図《舞台之図》,能の伝書《叢伝抄》を完成,これ以前に《少進聞書》を,またこれらと前後して能の型付《少進能伝書》を執筆した。…

※「《能之留帳》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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