能茶焼(読み)のうさやき

世界大百科事典(旧版)内の能茶焼の言及

【土佐国】より

…陶器の尾土(おど)焼は17世紀中葉大坂高津の陶工久野正伯を招いて創始した藩窯で,製品は茶器,置物など美術品が主であった。文政年間(1818‐30)高知城北麓の尾土(小津)から西南郊外の能茶(のうさ)山に移り,能茶焼として今日に伝わる。米の二期作普及に貢献したという石灰の製造は,享保年間(1716‐36)城下の商人美濃屋と大和屋が下田村稲生(いなぶ)(現,南国市)で始め,文政年間,桜屋が乗り出して以来大いに発展した。…

※「能茶焼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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