脇後藤(読み)わきごとう

世界大百科事典(旧版)内の脇後藤の言及

【後藤祐乗】より

…また5代後藤徳乗は豊臣秀吉に用いられ,大判金の製作に携わり,その弟子で4代光乗の養子となった庄三郎光次(後藤庄三郎)は秀吉の命により江戸の徳川家康のもとで小判金鋳造に従事し,後に金座の頭人として大きな権勢をもった。また分家,分派は14家に及び,これらを脇後藤と称しており,その中では加賀後藤が最も栄え,金沢で製作を続けた。幕末には京の七郎右衛門家に一乗(1791‐1876)が出て,一世の名工として名をあげ,後藤家の掉尾を飾っている。…

※「脇後藤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む