色大島(読み)いろおおしま

世界大百科事典(旧版)内の色大島の言及

【大島紬】より

…第2次大戦中生産は一時中絶したが,1953年奄美群島が本土復帰をしたのを契機に再び種々の技術革新や意匠の研究開発が行われた。その結果総蚊絣文様による精巧緻密な製織,色大島,摺込み抜染技術などによる多色染大島,あるいは白大島の開発などをみるにいたった。大島紬は経絣,緯絣,経緯絣と種類も多く,またテーチギ(和名シャリンバイ)の煎汁液に糸を浸し,鉄分の多い泥水につけて媒染し,焦茶色に発色させる泥染は伝統的な技法として今日も受けつがれている。…

※「色大島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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