艶体(読み)えんたい

世界大百科事典(旧版)内の艶体の言及

【宮体詩】より

…中国,六朝・梁の簡文帝蕭綱(しようこう)が皇太子であったとき,東宮に集まった文人たちとともに作った新体の詩で,当時さかんであった詠物の詩風と,江南の民歌の影響を受けている。空閨の怨みから,その姿態や調度品に至るまで,すべて女性をテーマとし,艶麗な表現を用いて詠まれており,艶体とも呼ばれて世に広まった。その詩を集めたものに,東宮文学集団の一人である徐陵の《玉台新詠》10巻がある。…

※「艶体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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