世界大百科事典(旧版)内の芥子園の言及
【李漁】より
…《笠翁十種曲》中の〈蜃中楼〉の一部分は八文字屋自笑によって歌舞伎に翻案された。 50歳のころ杭州から南京に移り住んだ李漁の別業は芥子園(かいしえん)と称し,ここで書肆(しよし)をも営んで《芥子園画伝》が刊行されたことは,中国の美術史上,著名な事がらである。その後また杭州の雲居山の麓に庵を結び,貧困にあえぎながらもこの地に天寿を全うした。…
※「芥子園」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」