若狭局(読み)わかさのつぼね

世界大百科事典(旧版)内の若狭局の言及

【比企能員】より

…平氏打倒に成功した頼朝は尼の推挙により能員をとりたて,1189年(文治5)の奥州征伐では北陸道大将軍に任じた。能員の妻(渋河兼忠女)や義妹(平賀義信妻,河越重頼妻)はいずれも頼朝の長子頼家の乳母で,能員の娘若狭局は頼家の妻であり,かつ長子一幡を生んでいた。頼朝の死後,2代将軍頼家の外祖父として勢力の伸張をはかる北条時政らに対し,頼家は比企氏と結んでこれに対抗しようとした。…

※「若狭局」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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