《若者たちの歌》(読み)わかものたちのうた

世界大百科事典(旧版)内の《若者たちの歌》の言及

【シュトックハウゼン】より

…51年ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習に参加,ミュジック・セリエルから大きな影響を受け,52‐53年にパリでメシアンに師事した。帰国後ケルン電子音楽スタジオで最初の電子音楽《習作I》(1953)を制作,電子音楽《若者たちの歌》(1956)は後の電子音楽に大きな影響を与えた。またケージの影響から《ピアノ曲XI》(1956)でヨーロッパ最初の不確定性の音楽を発表,以後ブーレーズと共に,50~60年代の前衛音楽(アバンギャルド)の指導的立場に立った。…

※「《若者たちの歌》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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