范長生(読み)はんちょうせい

世界大百科事典(旧版)内の范長生の言及

【五胡十六国】より

…このような西域仏教の華北伝来を可能にしたのは,その経路に当たる涼王国各政権の仏教尊信であった。道教の活動も見のがせないものがあるが,とくに氐族李氏の漢は,道士范長生(?‐318)を宰相に任じて政権を固めた。
[時代の意義]
 この時代は,しばしばヨーロッパにおける民族大移動の時代になぞらえられるが,ローマ帝国に比すべき漢帝国の崩壊,異国の宗教である仏教の普及,そして胡族による政治支配等々,さまざまの点で価値の転換が起こった時代であった。…

【李雄】より

…西晋末巴蜀地方に自立した父の李特,叔父の李流のあとをうけて益州牧を自称し,西晋軍を破って成都を占拠した。304年(建興1)成都王を称して官制を建て,306年(晏平1)には青城山の天師道の道士范長生(?‐318)の宗教的権威を支えとして帝位についた。その政治は宗室の合議を重んじ,法律の簡素化,賦税の軽減に意を用いた。…

※「范長生」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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