西江原藩(読み)にしえはらはん

世界大百科事典内の西江原藩の言及

【備中国】より

…さて,1672年(寛文12)岡山藩主池田光政は,その子政言(まさこと),輝録(てるとし)にそれぞれ備中国内で2万5000石,1万5000石を分与したが,これが岡山藩支封の外様小藩としての鴨方(かもがた),生坂(いくさか)両藩である。97年森長継が2万石を与えられて,後月郡西江原(井原市)に居所を構えて立藩した西江原藩は,外様小藩で1706年(宝永3)移封で廃藩となり,1698年阿賀郡新見を居所として,関長治が1万8000石を領して立藩した新見藩は,外様小藩ながら9代170年余在封した。 このほか,備中国内の天領支配のため倉敷代官所が1642年に,笠岡代官所が1700年にそれぞれ設置され,備中南部の早島,帯江,撫川(なつかわ),妹尾,高松などには,戸川氏,花房氏などの旗本知行所が置かれていた。…

※「西江原藩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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