世界大百科事典(旧版)内の視覚混合の言及
【新印象主義】より
…スーラはその主要な原因を印象派における色彩並置がいまだ経験的,本能的な段階にとどまっている点に求め,1880年ごろから,ドラクロアの色彩観,シュブルール(1839),ヘルムホルツ(1878),ルッド(1881)の色彩理論を採用しながら,印象主義そのものを科学的に体系化しようとした。その基本となったのが,〈視覚混合le mélange optique〉であり〈色彩の同時的対比(コントラスト)〉である。前者によれば,色彩は網膜上で混合され――たとえば青と黄は網膜上で結びつき,緑として知覚される――,後者によれば,隣接する色彩は影響しあい,とくに補色どうしは互いの輝きを高めあう(これと関連して,ある色彩の周辺部はその補色のかげりを帯びる)。…
【点描主義】より
…1886年,フェネオンFélix Fénéonによってこのように名付けられた。純色の小斑点を画面に並置することで,それらが網膜上で混合され(視覚混合),別の色彩のかげりを帯びつつより輝きを増すことを目的とする。たとえば,青と黄の並置された無数の小斑点からなる集団は,適当な距離をとって見るとき,緑のかげりを帯びながら振動しているように見え,青と黄のどちらからもえられない輝きをうる。…
※「視覚混合」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」