解縉(読み)かいしん

世界大百科事典(旧版)内の解縉の言及

【永楽大典】より

…総合文献集としての性格も濃い。明の成祖(永楽帝)は即位まもなく,1403年(永楽1),解縉(かいしん)(1369‐1415),楊士奇ら文人たちを翰林に入れ,太古以来の全書籍から必要事項を網羅した大類書の作成を命じた。翌年完成した書物は《文献大成》と名づけられたが,帝の意にみたず,姚広孝をはじめさらに多くの学者と2000人以上の筆写人が動員され,1405年から08年冬まで増訂が行われた。…

※「解縉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。春の七草は「芹(セリ),薺(ナズナ),御形(おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ),はこべら(ハコベ),仏座(ほとけのざ。現在のコオニタビラコ),菘(すずな。カブ)...

七草の用語解説を読む