豊原寺(読み)とよはらでら

世界大百科事典(旧版)内の豊原寺の言及

【丸岡[町]】より

…肥沃な低地では米作を中心に農業が営まれるが,明治中期より繊維工業も発達,特にネーム・ワッペンの細幅織物の生産が多い。白山を開いた泰澄の開創という豊原寺は,中世には多数の僧兵を擁し,〈豊原三千坊〉と称された大寺であったが廃寺となった。称念寺は中世,越前における時宗布教の中心道場だったところで,絹本著色他阿上人真教像(重要文化財)などを蔵し,境内には新田義貞の墓がある。…

※「豊原寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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