《豊後国誌》(読み)ぶんごこくし

世界大百科事典(旧版)内の《豊後国誌》の言及

【田能村竹田】より

…1798年(寛政10)22歳のとき藩校由学館に出仕,医業を廃して学問専攻を藩侯から命ぜられ,のちには頭取となった。当時由学館総裁であった唐橋君山のもとで《豊後国誌》の編纂が始まるとその御用掛となり,翌年には君山に従って領内を巡視する。この国誌編纂の仕事にまる3年を費すが,その間,1801年(享和1)には国誌校閲のため江戸へ上り,その途次木村兼葭堂を,また江戸では谷文晁を尋ねた。…

※「《豊後国誌》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む