豊後大掾(読み)ぶんごのだいじょう

世界大百科事典(旧版)内の豊後大掾の言及

【常磐津文字太夫】より

…初世の女婿2世市川門之助の長男初世男女蔵の次男男熊(おくま)。1820年(文政3)冬3世小文字太夫をついだのち,37年(天保8)正月文字太夫を襲名,50年(嘉永3)12月嵯峨御所より受領して豊後大掾藤原昶光と名のる。《角兵衛》《釣狐》《夕涼み三人生酔》《お三輪》《靱猿》《粟餅》《新山姥》など,現存の常磐津曲の多くはこの時代に作られた。…

※「豊後大掾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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