豊海道(読み)ほうかいどう

世界大百科事典(旧版)内の豊海道の言及

【黄海道】より

…統一新羅時代にはその最北地帯だったが,次の高麗王朝は国境を鴨緑江まで押し上げ,本道には西海道を置いた。李朝初期には豊海道と呼ばれたが,のちに黄海道の名が定着した。広い平野に恵まれ,純農村地帯であったが,日本植民地時代末に北部の山地に産する鉄鉱と大同江岸の石炭を背景に金属工業が開発され,松林を中心に工業化が進んだ。…

※「豊海道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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