象先堂(読み)しょうせんどう

世界大百科事典(旧版)内の象先堂の言及

【医学】より

…しかしその長は,やはり多紀家のものがあたった。蘭方系としては,江戸で伊東玄朴が開設した象先堂(1833),大坂で緒方洪庵による適々斎塾(1838),京都の新宮涼庭による順正書院(1839),さらに佐倉の佐藤泰然の順天堂(1843)などが知られている。 これらの背景には,江戸幕府政権のイデオロギー確立のための文教政策としての儒学センター昌平坂学問所の設置と,それにならっての各地での藩校の設置がある。…

【伊東玄朴】より

…シーボルトらの江戸参府のとき,猪俣一家とともに江戸に下る途中,伝右衛門が沼津で病死したため,後事を託されて,のちにその娘をめとった。1833年(天保4)江戸に蘭学塾〈象先堂〉を開き,多くの医生を育成するとともに,《医療正始》24巻,《西洋鉄熕鋳造編》など多くの訳述を行い,また医業も盛名をうたわれ,江戸の蘭方医の中心人物の一人となった。32年(天保3)佐賀藩主鍋島侯から一代士分に取り立てられている。…

【洋学】より

…このような時局を反映して,民間の蘭学塾も繁栄を示した。なかでも江戸の伊東玄朴の象先堂や大坂の緒方洪庵の適塾はいずれも天保年間(1830‐44)に設立され,門人は膨大な数にのぼり,出身地も全国に及んでいる。その中には医者ばかりでなく武士階級出身者が相当含まれ,彼らが幕府や諸藩に仕え,軍事科学の担い手となった。…

※「象先堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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