貞恵公主墓(読み)ていけいこうしゅぼ

世界大百科事典(旧版)内の貞恵公主墓の言及

【渤海】より

…一方,渤海前期の都城旧国(敖東城)では南郊の六頂山に墳墓群があり,大欽茂の第2女貞恵公主の墓が含まれている。貞恵公主墓は1949年発見され,全長4.7mの横穴式石室をもつ。同年と59年の調査により石獅,鍍金銅器,玉璧,陶器など多くの出土品をみたが,とりわけ駢麗(べんれい)文を唐代の標準的な楷書体で刻んだ墓碑は貴重である。…

※「貞恵公主墓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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