《赤いカーネーション》(読み)あかいかーねーしょん

世界大百科事典(旧版)内の《赤いカーネーション》の言及

【ビットリーニ】より

…29年から反ファシズム系文芸誌《ソラーリア》の編集に携わり,同誌に短編小説群を発表(1931年に《プチ・ブルジョアジー》の総合タイトルで刊行)。さらに33年からは同誌上に長編小説《赤いカーネーション》(完全版1948)の連載を始めるが,ファシズムの勢力が絶頂を極め大衆がその幻想に酔いしれていた時期に,いち早くファシズムの本質を見抜いてその真の相貌を鋭く描き出したこの小説は,当局の執拗な妨害にあう。36年にスペイン内戦が勃発すると,激しい衝撃を受けたビットリーニは,ファシズムのエチオピア侵略をテーマとした小説《エリカとその兄弟》(未完のまま1956年刊)の執筆を断念し,共和国派支持の活動を展開。…

※「《赤いカーネーション》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む