赤漆文欟木厨子(読み)せきしつぶんかんぼくずし

世界大百科事典(旧版)内の赤漆文欟木厨子の言及

【厨子】より

…宮殿形厨子に禅宗様,折衷様の厨子を加えたものが,一般に寺院の本尊をはじめとするおもだった仏像を安置する厨子として多く用いられている。【木下 密運】
[歴史]
 天平勝宝8年(756)6月21日の《東大寺献物帳》に記載される赤漆文欟木厨子(せきしつぶんかんぼくずし)は,光明皇后自筆の《楽毅論》をはじめ笏や犀角盃(さいかくのさかずき)などを納め,また天平勝宝年間(749‐757)に製作された東大寺大仏殿安置の六宗厨子は,内部の棚に経論や雑具を置いていたと記録されている。正倉院には赤漆文欟木厨子のほか,同様に観音開き扉を具した柿厨子,観音開き扉を表裏両面に具した黒柿両面厨子がある。…

※「赤漆文欟木厨子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む