世界大百科事典(旧版)内の赤間関砲台の言及
【赤間関】より
…赤間関は江戸幕府の将軍就任などを賀して来朝する朝鮮通信使の重要な寄港地であり,オランダ使節の江戸参府に際しても宿泊地となっていた。63年,長州藩は赤間関砲台から外国船を砲撃し,攘夷を決行したが,翌年英・仏・米・蘭4国艦隊の攻撃を受け,講和を結んだ(馬関戦争)。89年市制施行,1902年下関市と改称。…
※「赤間関砲台」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...