趙秉鈞(読み)ちょうへいきん

世界大百科事典(旧版)内の趙秉鈞の言及

【袁世凱】より

…中国の軍人政治家。河南省項城県の人。字は慰庭(亭),号は容庵。大地主の家に育ち,科挙になんどか失敗して軍伍に身を投じた。祖父の代に淮軍(わいぐん)の将(袁甲三)を出した縁もあり,朝鮮で甲申事変を鎮圧して李鴻章にみとめられた。日清戦争に敗北した清朝は近代兵制の採用にふみきるが,その新軍の監督に任ぜられた袁世凱は,義兄弟の徐世昌をはじめ息のかかった若手将校を各部門の責任者に抜擢配置し,強力な私的人脈を形成する。…

※「趙秉鈞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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