跡見女学校(読み)あとみじょがっこう

世界大百科事典(旧版)内の跡見女学校の言及

【跡見花蹊】より

…大阪出身で本名は滝野(たきの)。明治初年に上京,1875年神田猿楽町に跡見女学校を設立。跡見女学校は中流以上の家庭の子女を対象に,国語,漢学,習字,裁縫,挿花,点茶,絵画,算術を教え,とくに和歌,絵画,習字に比重をかけた教育を行い,伝統的な日本婦徳の養成に力を注ぎ,のちの日本における女子中等教育に大きな影響を与えた。…

※「跡見女学校」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む