近衛信輔(読み)このえのぶすけ

世界大百科事典(旧版)内の近衛信輔の言及

【近衛信尹】より

…安土桃山時代の公卿。関白前久の男。初名信基,信輔。法号三藐院(さんみやくいん)。1577年(天正5)閏7月織田信長の加冠により元服。85年5月左大臣となり関白職をも望んだが,羽柴秀吉にこれを奪われる。94年(文禄3)4月秀吉の上奏により勅勘を受け薩摩に流され,96年9月帰京。1601年左大臣に還任,05年関白,氏長者となる。能書家として知られ,後世,その書風を三藐院流と称して,本阿弥光悦,松花堂昭乗とともに寛永の三筆とたたえている。…

※「近衛信輔」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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