通道観(読み)つうどうかん

世界大百科事典(旧版)内の通道観の言及

【道観】より

…以後南北朝時代を通じて,南朝では宋の陸修静の崇虚館,簡寂館,斉の孫遊岳の興世館,梁の陶弘景の華陽館などがあるが,いずれも館と称しおおむね民間道士の個人的修行道場であった。一方,北朝では北魏の終南山の楼観を初めとしておおむね観と称し,寇謙之の新天師道以来の国家権力との強い結びつきを反映して,北周の玄都観や国立宗教研究所とでもいうべき通道観およびその後身の隋の玄都観などの国立の道観が次々と建てられた。唐代になると太清宮などとくに大きな道観を宮と称するようになった。…

※「通道観」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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