運塩河(読み)うんえんが

世界大百科事典(旧版)内の運塩河の言及

【泰州】より

…長江北岸のデルタは南岸のデルタに比べ伸長が遅れ,漢代にはこの付近はようやく陸化したばかりであった。海岸の低湿地では製塩が行われ,前漢初期,呉王劉濞(りゆうび)(前215‐前154)が開発を進め,運河を開いて灌漑も進めたという(運塩河,今の通揚運河の前身)。同時にこの地に海陵県が置かれ,一時期廃されたものの,以後元代まで存在した。…

※「運塩河」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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