鄭州殷代故城(読み)ていしゅういんだいこじょう

世界大百科事典(旧版)内の鄭州殷代故城の言及

【鄭州】より

…このことによって,この故城址は殷中期の前半に築かれたとする説が一般化している。城址内の北側の東里路付近では多数の宮殿址が発見され,鄭州殷代故城が殷中期の,前1600年ころの国都であった可能性が強まっている。《史記》や《竹書紀年》によれば,殷10代の王〈仲丁〉は(ごう)(囂)に都したとあるが,鄭州殷代故城をこのに比定する説が有力である。…

※「鄭州殷代故城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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