野々川衆(読み)ののがわしゅう

世界大百科事典(旧版)内の野々川衆の言及

【呉服座】より

…横関にはこのほかに山門根本中堂の寄人身分をもつ呉服座があり,15~16世紀に保内呉服座と近江国内市町での呉服売買の特権をめぐって争っている。保内呉服座は野々川衆ともよばれ,得珍保(とくちんほ)内諸郷,すなわち蛇溝郷4人,今堀郷2人,破塚郷1人,今在家郷2人等の10余人が山門に御服年貢を納めているので,彼らはその代償として呉服座の結成をみとめられていたものであろう。なお呉服座とは称していないが,地方には絹織物の特権的取引を行っていた座があった。…

※「野々川衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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