野沢式土器(読み)のざわしきどき

世界大百科事典(旧版)内の野沢式土器の言及

【野沢遺跡】より

…縄文時代後期の遺跡と重複するが,弥生土器を出土する範囲は限られており,完形の壺や人面土器,それに管玉(くだたま)も出土していることから,今日いう再葬墓の遺跡であったとみてよい。当遺跡が発掘された当時は,東京の本郷弥生町で最初の弥生土器が発見されて間もないころであったため,これらの土器は〈器形が弥生式土器的であって,文様が縄文式土器的である〉と述べられたが,1936年には北関東地方の標式遺跡として,野沢式土器の型式名が与えられ,しかも前後2型式あることが提唱された。のちに野沢I式,II式と命名され,前者は弥生時代中期中ごろ,後者は中期末に編年されている。…

※「野沢式土器」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む