銅山峰(読み)どうざんほう

世界大百科事典(旧版)内の銅山峰の言及

【別子山[村]】より

…大正期には銅山の中心が西の現新居浜市域に移り,それまで中心であった地域は旧別子と呼ばれるようになった。旧別子と新居浜市側を結ぶ銅山越え一帯は銅山峰と称され,ハイキングコースとなっている。白尾にある南光院は,阿波の阿闍梨(あじやり)快盛が銅山を訪れて教化に尽力した寺で,快盛は没後,住友家によって南光院八幡としてまつられたという。…

※「銅山峰」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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