鍾路(読み)しょうろ

世界大百科事典(旧版)内の鍾路の言及

【ソウル】より

…しかし現実には,官庁や企業では幹部を日本人が独占するなど朝鮮人を差別し,南郊の竜山などに日本人町をつくって朝鮮人とはかけはなれた生活を営んだ。こうして京城は植民地統治の中枢としての機能が強まっていったが,朝鮮人の反発も大きく,高宗の葬儀を契機として1919年3月1日,鍾路街のパゴダ公園での独立宣言発表を皮切りに朝鮮全土に三・一独立運動が広まった。 1945年8月日本の植民地支配から解放されると,京城はソウルと改称され,アメリカ軍政下に置かれた。…

※「鍾路」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...

小寒の用語解説を読む