鎮西鋳物師(読み)ちんぜいいもじ

世界大百科事典(旧版)内の鎮西鋳物師の言及

【鋳物師】より

…とくに左方廻船鋳物師は,堺を起点に九州,山陰,北陸を通り,琵琶湖,淀川を経て起点に戻る広域的な活動をしている。鎌倉中期,この左方惣官となった中原光氏は東大寺鋳物師(大仏方)惣官を兼ね,河内,長門などの鋳物師を組織する右方と競合しつつ,いったんは大宰府につながる鎮西鋳物師もその支配下に入れた。このころ3集団の年預も紀氏に統合されたと推定されるが,一方では幕府や守護と関係を強め,東国,北陸に移住する鋳物師も増えてくる。…

※「鎮西鋳物師」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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