長徳の変(読み)ちょうとくのへん

世界大百科事典(旧版)内の長徳の変の言及

【大元帥法】より

…恒例のほか敵国降伏のためなどで,臨時に行うこともあった。秘法のため,朝廷のみで行うものであったが,藤原伊周が,ひそかに行い,その結果,大宰権帥となり,配流されたことは長徳の変として有名である。12世紀中ごろから醍醐寺理性院院主が代々法琳寺別当を兼帯するようになり,また法琳寺退転後の室町以降は唯一理性院で継承された。…

※「長徳の変」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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