長門浦(読み)ながとうら

世界大百科事典(旧版)内の長門浦の言及

【倉橋島】より

…平清盛が音戸ノ瀬戸を開削して以来,一躍内海交通の要衝となった。一方,倉橋町役場のある本浦は万葉の歌人に長門浦としてうたわれた景勝地であり,厳島神社管弦船を献納したほどの造船の町であった。近世には多くの舟大工,諸職人が集住して倉橋千軒と呼ばれ,浅野・毛利両藩はじめ諸大名の御用船や商船をつくっていた。…

※「長門浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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