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間島協約 かんとうきょうやく

大辞林 第三版の解説

かんとうきょうやく【間島協約】

朝鮮の外交権を奪った日本と中国(清)との間で、1909年に結ばれた国境に関する協約。間島地方は中国領とされ、かわりに日本は中国東北部に対する利権を拡張した。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の間島協約の言及

【間島】より

…雑穀,水稲が栽培され,特に北間島では大豆の産出が多かった。歴史的経緯により中・朝間の国境問題は未確定であったが,朝鮮の外交権を奪った日本は,1909年の間島協約により,安奉線敷設権取得の代償としてこの問題に決着をつけ,以後中国領となった間島は,シベリア沿海州に近いことも加わって,極東における国際矛盾の焦点の一つとなった。とくに満州事変前後の時期には,移住朝鮮人は日本の侵略主義と中国官憲の対抗との板挟みとなる複雑な苦難を体験した(たとえば万宝山事件)。…

※「間島協約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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