世界大百科事典(旧版)内の間瀬和三郎忠至の言及
【山陵奉行】より
…歴代山陵(天皇陵)を修復・管理した江戸幕府末期の職名。1862年(文久2)宇都宮藩主戸田忠恕(ただひろ)は家老間瀬和三郎忠至(ただゆき)や県信緝(のぶつぐ)の策を受け,幕府に勤王翼幕を趣旨とする山陵修復を建白した。同年10月間瀬は山陵奉行に任ぜられ,諸太夫格となった。…
※「間瀬和三郎忠至」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...