関蟬丸神社(読み)せきのせみまるじんじゃ

世界大百科事典(旧版)内の関蟬丸神社の言及

【近松寺】より

…中世には園城寺に属し,園城寺の散所と推定される関寺在地などを支配した。1689年(元禄2)ころより,園城寺鎮守となった関蟬丸神社を管理するようになった。関蟬丸神社は音曲芸道の祖神とあがめられる蟬丸を祭神とし,諸国の説教者(歌舞音曲などを行う雑芸人)を組織していたが,この説教者たちは園城寺の権威を背景に諸国巡業を行った。…

※「関蟬丸神社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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