《閻浮受生大幸記》(読み)えんぶじゅしょうだいこうき

世界大百科事典(旧版)内の《閻浮受生大幸記》の言及

【円観】より

…33年建武新政の開始によって帰京し,法勝寺に住したが,足利尊氏の離反後は北朝方の僧として活動し,52年(正平7∥文和1)には足利義詮の使として,後村上天皇のもとに赴いたりした。自伝の《閻浮受生大幸記》のほか円戒に関する著述が多く,円戒を地方に広めた功績は大きい。弟子に光宗,惟賢らがあり,没後,後光厳天皇から慈威の諡(おくりな)を贈られた。…

※「《閻浮受生大幸記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む