閻立徳(読み)えんりっとく

世界大百科事典(旧版)内の閻立徳の言及

【閻立本】より

…京兆万年(西安市長安県)の人。北周,隋に仕えた父の閻毗,唐の高祖,太宗,高宗に仕え太宗陵の造営に当たった兄の閻立徳(?‐656)を継いで建築家として唐に仕え,工部尚書から宰相となって(668)没するまでその任にあり,文貞と諡(おくりな)された。ただ,則天武后が力を持ちはじめたときの政局を収拾する宰相としての力量には欠けていた。…

※「閻立徳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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